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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和37年(ネ)203号 判決 1967年4月28日

控訴人・被告 玉村田鶴子

訴訟代理人 堤敏恭

被控訴人・原告 足立寛治

訴訟代理人 上西喜代治

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対して金一千万円、およびこれに対する昭和三十五年五月三十日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともに控訴人の負担とする。

この判決は主文第二項に限り、被控訴人が金三百万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次に記載するほかは原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴人訴訟代理人は、次のとおり述べた。

(一)  本件約束手形が被控訴人に交付されたとき、その満期が白地であり、裏書禁止文書が記載されていたこと、および振出人である玉村忠雄が金融機関である大野信用金庫の代表理事の職にあつて手形取引に精通している者であることを考え合わせたならば、本件約束手形が尋常一様の手形でなかろうことは、誰しも容易に知り得べきはずであるから、被控訴人が本件約束手形が単なる見せ手形であり、玉村忠雄が支払いの責を負わない約束で振出したものであることを知らないで本件約束手形を取得したとしても、被控訴人には知らなかつたことについて重大な過失があつたというべきであるから、手形法第十六条第二項によつて、被控訴人は本件約束手形上の権利を取得しないと解すべきである。

(二)  仮に、本件約束手形が、被控訴人から株式会社ラクヨービルに対する貸金の担保として振出されたものであるとしも、当時、被控訴人は右会社の取締役であつたから、被控訴人から右会社に対する金員の貸付は、商法第二百六十五条にいう取引に該当し、取締役会の承認を要するにかかわらず、被控訴人は右承認を得ていないから、被控訴人がなした右会社に対する金員の貸付は無効である。したがつて右貸金債権の担保として振出された本件約束手形の支払いを拒絶できる。商法第二百六十五条は、会社と取締役との間の法律行為を公明にし、かつ他の取締役にも諒解させて会社の利益が害せられないようにしようとする趣旨に出でたもので、画一的な処理を規定したものであるから、当該取引が現実に会社の利益を害しなかつたということによつて、右規定の適用を排除できないものというべきである。したがつて、被控訴人が本件約束手形を担保として株式会社ラクヨービルに対して行つた一千万円の貸金について、現実に被控訴人が利益を得たか、あるいは右会社が損害を受けたか否かということは問題ではない。しかも、仮に被控訴人が右貸金について利益を得ていないとしても、それは借主たる右会社がたまたま倒産したということに因るのであり、もし右会社が倒産しなかつたならば、金融業を営んでいた被控訴人が、右会社から相当の金利の支払いを受けたであろうことは明らかである。

(三)  右主張が失当であるとしても、本件約束手形は被控訴人が前記会社に対する貸金の担保として受領したものであるから、前記会社に右貸金の返済能力がある限り、控訴人としては本件約束手形の支払いを拒絶できる。

(四)  被控訴人が本件約束手形を支払場所に呈示したのは、被控訴人が記入した本件約束手形の満期である昭和三十四年九月九日から決定の呈示期間を経過した後である昭和三十五年五月一七日であるから、右呈示の効力がない。したがつて、本件約束手形は本件の訴状が控訴人の被相続人玉村忠雄に送達された昭和三十五年五月二十九日までは、適法な呈示がなかつたことになるので、遅延損害金の起算日についての被控訴人の主張は誤つている。

以上のように述べ、乙第二号証を提出し、当審における証人山崎一雄、同柏田梅治郎(第一回)の各証言を援用し、「甲第六号証の一、二いずれも真正に作成されたことは認める。甲第四、五号証が真正に作成されたということはいずれも知らない。」と述べた。

被控訴人訴訟代理人は次のように述べた。

(一)  本件約束手形は見せ手形ではなく、融通手形として振出されたものであるから、控訴人が主張する、被控訴人が悪意の取得者であるという主張は失当である。満期が白地であることは手形流通上さして珍しいことではないし、裏書禁止文句も、受取人が白地ではなく被控訴人宛となつていたことと相俟つて、玉村忠雄が、本件約束手形を柏田梅治郎が被控訴人以外のところで割引くことを防止するとともに、被控訴人に本件約束手形で融資することを依頼する趣旨を含めた、いわば信用文句とでもいうべきものであるから、これらの点から被控訴人が本件約束手形に不審を抱かなかたことはむしろ当然であり、被控訴人が本件約束手形を取得したことについて、重大な過失があつたという控訴人の主張は失当である。なお、本件約束手形は玉村忠雄から被控訴人を受取人として振出されたもので、手形面に関する限り柏田は振出人である玉村の使者としてこれを被控訴人に交付したに過ぎないから、手形法第十六条第二項但し書の適用の余地はない。

(二)  被控訴人が本件約束手形によつて融資をした相手方は柏田梅治郎個人であつて、株式会社ラクヨービルではないから、右融資について商法第二百六十五条の適用の問題は生じない。被控訴人が本件約束手形によつて行つた融資金は、いわゆるタワービルの建設資金に使用されることになつていたのであるが、タワービルの建設は柏田が計画したもので、同人の個人所有地上に建設されたもので、その建築主は柏田個人であり、株式会社ラクヨービルは、柏田からこれを賃借して、貸ビルその他の方法で、右ビルの経営を行うことを目的として設立されたものであることからみても、被控訴人が行つた融資の相手方が柏田個人であることが明らかである。

(三)  仮に、被控訴人が行つた融資の相手方が株式会社ラクヨービルであつたとしても、被控訴人は本件約束手形の金額と同額の現金を交付しているのであり、このような場合には、会社は何等不利益を受けるおそれがないから、商法第二百六十五条にいう取引に該当しないものというべきである。したがつて、被控訴人が行つた融資が商法第二百六十五条に違反することを前提とする控訴人の主張は失当である。さらに、商法第二百六十五条は会社の利益を保護するための規定であつて、第三者の利益を保護するための規定ではないから、会社との取引によつて取締役が取得した権利を、取締役が第三者に対して行使する場合に、その第三者は、会社と取締役間の取引について取締役会の承認がないことを理由として、右取引の無効を主張することは許されないと解すべきである。

(四)  右(三)の主張が失当であるとしても、株式会社ラクヨービル昭和三十九年三月九日の取締役会において、被控訴人が本件約束手形に関して行つた一千万円の貸付を追認する旨の決議がなされたから、これによつて、被控訴人の右会社に対する貸付は有効となつた。

(五)  控訴人の被相続人玉村忠雄は、被控訴人の柏出に対する金員貸付について、単なる保証人となつたものではないから、柏田または株式会社ラクヨービルの返済能力の有無にかかわらず、本件約束手形の振出人としての支払義務があることは当然である。また、柏田、株式会社ラクヨービルともに返済能力は全くない。

以上のように述べ、甲第四、五号証、同第六号証の一、二を提出し、当審における証人柏田梅治郎(第二回)の証言を援用し、「乙第二号証が真正に作成されたことは認める。」と述べた。

理由

(一)  昭和三十四年八月二十七日、被控訴人が柏田梅治郎から、金額一千万円、支払地福井県大野市、支払場所大野信用金庫、振出地大野市、振出日昭和三十四年八月二十七日、振出人玉村忠雄、受取人被控訴人とし、裏書禁止文書の記載された約束手形(本件約束手形)の交付を受け、現にこれを所持していること、昭和三十五年五月十六日、被控訴人が本件約束手形を株式会社三和銀行に取立委任裏書きし、同日、右銀行がさらにこれを株式会社北陸銀行に取立委任裏書きし、同月十七日、右銀行が本件約束手形を前記支払場所に呈示して支払いを求めたが、その支払いを拒絶されたことは当事者間に争いがない。

(二)  満期の記載を除くその余の部分が真正に作成されたことに争いがない甲第一号証(本件約束手形)、および真正に作成されたことに争いのない甲第三号証、原審における証人山崎一雄、同柏田梅治郎の各証言、被控訴人本人の供述を合わせて考えると、玉村忠雄は本件約束手形の満期を白地として振田したもので、被控訴人が柏田から交付を受けた際も白地のままであり、被控訴人が満期を昭和三十四年九月九日と記入したものであることが認められ、右認定を妨げるべき証拠はない。

(三)  本件約束手形は単なる見せ手形として振出されたものであり、被控訴人はこれを知つて取得したものであるから、振出人玉村忠雄は被控訴人に対して支払いを拒絶できるものであつたという控訴人の抗弁について、

本件約束手形が見せ手形として振出されたものであるということを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第二、三号証、同第六号証の一、二、乙第二号証、ならびに原審における証人高野正夫、同山崎一雄、同柏田梅治郎の各証言、被控訴人本人尋問の結果、および当審における証人柏田梅治郎(第一回)、同山崎一雄の各証言を合わせて考えると、次の事実が認められる。

柏田梅次郎(通称を「英次」と称し、会社登記簿上はこの通称によつて表示されている)、山崎一雄、被控訴人らが発起人となつて、昭和三十四年六月十八日、貸ビル業を目的とする払込資本の額二百五十万円の株式会社ラクヨービルが設立され、右柏田、山崎、被控訴人らがその取締役に、玉村忠雄らが監査役に就任し、柏田が代表取締役となつた。株式会社ラクヨービルは柏田所有の京都市中京区木屋町通三条下る二丁目材木町百八十三番、宅地百坪七勺上に、大成建設株式会社に請負わせて、建築費一億数千万円を要する鉄筋コンクリート造地下二階、地上八階の国際タワーと称するビルデイングを建築していたが、昭和三十四年八月末頃に右請負人に支払うべき資金がなかつたので、同月二十七日頃、柏田、山崎の両名が当時大野信用金庫の代表理事の職にあつた玉村忠雄のところへ赴いて、二千万円の融資を依頼した。しかし、株式会社ラクヨービルは大野信用金庫の会員ではなく、また当時右金庫には貸付資金の余裕もないということで、一旦は玉村から右融資の依頼を拒絶されたのであるが、柏田が執拗に懇請した結果、玉村としては右融資に応じ得ないので、被控訴人に二千万円の融資を依頼することとするが、建築中の前記のビルデイングが同年十二月に完成する予定であり、同年十一月中には右ビルデイングの賃貸借契約に伴う権利金が入手でき、これで右借受金を返済できる見込があるので、被控訴人からの借入金の担保として被控訴人に対して玉村振出しの約束手形を差入れるという合意が成立し、右合意に基いて、満期を白地としたほかは、当事者間に争いのない前記(一)記載の各要件を記載した本件約束手形、およびこれと同様の要件を記載したもう一通の約束手形を玉村が作成し、これを柏田に交付した。

そこで、柏田、山崎両名が右約束手形、および前掲記の甲第二号証(玉村から被控訴人に宛てた、同人の融資を依頼する旨記載した書翰)を携えて被控訴人のところへ赴き、二千万円の融資を依頼した。そして、被控訴人からも一旦は拒絶されたが、柏田が、九月になれば玉村の方から融資が受けられるので返済ができる旨述べて執拗に依頼した結果、昭和三十四年八月末頃、被控訴人から一千万円を、借用期間は概ね一箇月、利息は銀行利息並み、という約定で受領し、右借受金の担保として本件約束手形を被控訴人に交付した。そして、前記のとおり被控訴人が本件約束手形に満期を記入した。

右のように認められるのであり、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によると、本件約束手形は、株式会社ラクヨービルが、その建築中のビルデイングの建築代金の支払いに充てるための資金として、右会社の取締役であつた被控訴人から借受けた一千万円の借受金債務の担保として、満期の補充権を受取人である被控訴人に授与して振出されたものであり、被控訴人が右補充権に基いて満期を補充したものということができる。被控訴人は、右認定の被控訴人が柏田に交付した一千万円は、柏田個人に対する貸付金として交付したものであると主張し、原審における証人田畑周一郎の証言、被控訴人本人の供述、および当審における証人柏田梅治郎(第二回)の証言のうちには、右主張にそう証言、供述があるが、右証言、供述は、前記認定のとおり柏田が株式会社ラクヨービルの代表取締役の地位にあつたものであること、当審における証人柏田梅治郎(第二回)の証言によると、大成建設株式会社との間で前記ビルデイングの建築請負契約を結んだ注文者は、株式会社ラクヨービルであつたと認められること、および当審における証人柏田梅治郎(第一回)、同山崎一雄の、前記認定の借受金は株式会社ラクヨービルとして借受けたものである旨の証言等に照らして考えると、たやすく信用できず、他に前記認定の被控訴人の一千万円の貸金の借主が、株式会社ラクヨービルではなくて柏田個人であると認めるに足りる証拠はない。

(四)、本件約束手形の振出しによつて担保された、被控訴人の株式会社ラクヨービルに対する金員の貸付については、右会社の取締役会の承認がないから、右貸付は無効であり、したがつて、本件約束手形の振出人である玉村忠雄は被控訴人に対して本件約束手形の支払いを拒絶できるものであつたという控訴人の抗弁について、

(1)、前記の被控訴人から株式会社ラクヨービルに対する貸付が行われた当時、被控訴人が右会社の取締役であつたことは前記認定のとおりである。

(2)、被控訴人は、同人が本件約束手形の金額と同額の一千万円を右会社に交付しているので、被控訴人が行つた貸付は右会社に損害を及ぼすおそれのないものであつたから、商法第二百六十五条にいう取引に該当しないと主張し、被控訴人が右会社の代表取締役である柏田に一千万円を交付したことが認められることは前記のとおりである。しかし右貸付が有償(利息約定がある)のものであつたことは前記認定のとおりであるから、その利率の高低にかかわらず、会社に損害を及ぼすおそれのないものとはいえないから(会社に損害を及ぼすおそれのない取引として、取締役会の承認を要しないものであるか否かは、当該取引の抽象的性質によつて判断すべきもので、当該取引の具体的内容によつて判断すべきものではない。その具体的内容が会社に損害を及ぼすおそれがあるか否かの点は、まさに取締役会が当該取引を承認するか否かを定めるに当つて判断すべきことである)、被控訴人の右主張は採用できない。(担保として被控訴人に宛てて振出された本件約束手形の金額と貸金として交付された金額が同額であつたということは、会社に損害を及ぼすおそれの有無の判断の基準となるものではない)

(3)  被控訴人は、商法第二百六十五条は会社の利益保護のための規定であるから、会社以外の第三者は、会社と取締役間の取引の無効を主張できないと主張するが、商法第二百六十五条が会社の利益保護を目的とするものであることは被控訴人主張のとおりであるにしても、そのことから直に会社以外の第三者はすべて、会社と取締役間の取引について取締役会の承認がないことを理由とするその無効を主張し得ないものと即断できない。本件約束手形の振出人玉村忠雄のように、会社が取締役に対して負担した債務について担保義務を負担した者は、その担保義務を履行したときには、会社に対して求償できるわけであるが、その際、会社から、その取締役に対して負担した負債が法律上無効なものであり、したがつてその担保義務の履行も、法律上無効な義務の履行であり、会社に対する求償権は発生しないと主張されるおそれがあるわけであるから、第三者ではあるが、会社と取締役間の取引について取締役会の承認がないことを理由とするその無効を主張し得ると解するのが相当である。したがつて被控訴人の右主張は採用できない。

(4)  被控訴人は、被控訴人の株式会社ラクヨービルに対する前記認定の貸付について、右会社の昭和三十九年三月九日の取締役会において追認がなされたから、被控訴人の右貸付は有効となつたと主張し、当審における証人柏田梅治郎(第二回)の証言によつて真正に作成されたと認められる甲第四号証には、被控訴人の右主張にそう記載がある。しかし右証人の証言と右甲号証の記載を合わせて考えると、右甲号証のみをもつては、昭和三十九年三月九日に株式会社ラクヨービルの取締役会名義でなされた被控訴人の右会社に対する前記認定の貸付の追認が、法律上有効になされたものとは認め難く、他に法律上有効な右会社取締役会の追認がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

(5)  しかしながら、玉村忠雄が、株式会社ラクヨービルが被控訴人から金員を借受けることに同意し、かつ玉村自身も被控訴人に対して、同人が右会社へ金員を貸付けるよう依頼したことが認められることは前記(三)に認定したとおりである。このように、会社と取締役間の具体的な取引の成立に同意し、かつ右取引を成立せしめるよう当該取締役に依頼していた者が、後に至つて右取引について会社の取締役会の承認がないことを理由として、その取引の無効を主張することは、信義に反することで許されないと解するのが相当である。したがつて控訴人の前記の抗弁は結局採用できない。

(五)  昭和三十五年四月下旬、被控訴人の前記貸金の弁済方法に関する示談が成立し、これによつて玉村忠雄の本件約束手形金債務は消滅したという控訴人の抗弁について、

原審における証人埜邑直義、同柏田梅治郎の各証言、被控訴人本人の供述を合わせて考えると、昭和三十五年三、四月頃に、株式会社ラクヨービルの被控訴人に対する前記の借受金債務を含めた債務の弁済方法に関して、柏田、被控訴人、山崎等の間で話合いが行われたことは認められるが、本件約束手形の振出人としての玉村忠雄の債務を消滅させるような合意が成立したことを認めるに足りる証拠はないから右抗弁は採用できない。

(六)  本件約束手形は株式会社ラクヨービルの債務の担保として振出されたものであるから、右会社に債務弁済能力がある限り、被控訴人は本件約束手形の支払を請求できないという控訴人の抗弁について、

本件約束手形が株式会社ラクヨービルの被控訴人に対する借受金債務を担保する目的で振出されたものであることは前記認定のとおりであるが、そうだからといつて約束手形振出人としての債務が民法上の保証債務になるわけではないし、また玉村忠雄と被控訴人との間に、本件約束手形上の権利の行使について、株式会社ラクヨービルがその債務弁済能力を失つた時にはじめて行使する旨の特約がなされたということについては、何も主張、証拠がないから、控訴人の右抗弁は採用できない。

(七)  右(三)ないし(六)のとおり、控訴人主張の抗弁はいずれも採用できないから、玉村忠雄は本件約束手形の振出人として、被控訴人に対してその手形金の支払義務を負つていたものといわなければならない。しかしながら前記(一)の当事者間に争いのない本件約束手形の呈示の日、場所によると、右呈示は適法な呈示ということはできないことが明らかであるから、右呈示によつては、手形法所定の年六分の割合による利息債権は発生しないし、また附遅滞の効果も発生しなかつたものといわなければならない。そして、本件記録によると、本件訴状が玉村忠雄に送達された日が昭和三十五年五月二十九日であることは明らかであるから、玉村は翌三十日以降完済に至るまで本件約束手形金に対する商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき債務を負担したものといわなければならない。

(八)  昭和三十七年二月十二日、玉村忠雄が死亡し、控訴人が単独で忠雄の遺産を相続したことは当事者間に争いがない。

結論

以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人に対する請求は、本件約束手形の手形金一千万円、およびこれに対する昭和三十五年五月三十日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金(被控訴人は手形法所定の年六分の割合の利息と主張するが右主張は商法所定の同率の遅延損害金の請求を否定する趣旨とは解されない)の支払いを求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は理由がない。

よつて、被控訴人の請求を全部認容した原判決のうち、右の被控訴人の請求が理由のある限度を超える部分は失当であるから、原判決を主文第二、三項掲記のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十六条、第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 島崎三郎 裁判官 寺井忠)

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